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むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

「やればできる」は数学的に間違っている?

前々から思っていたことを息抜きに書いてみる。

 
堅苦しいモードオン。
 
昔から「やればできる!」って言葉に幾度となく励まされ、幾度となく騙され続けてきた。
その中で、ふと「やればできる!」という励まし言葉の信憑性に違和感を感じてきた。
そして、ある日とある証明法を使うことでその違和感を形にすることができた。
その証明法とは、対偶論法である。
 

対偶論法とは?

 

 

対偶論法を説明する前に対偶について説明しておかなければならない。
 
 [対偶]
 ある命題が成立する場合に、その命題の過程と結論の両方を否定した命題も成立するという命題同士の関係性のこと
 
 命題とは、真偽で判定可能な問題・・・
 もっと簡単に言うと、「正しい」か「正しくない」かの2択で答えることができる質問のようなもの。
 
 例えば、「リンゴは赤い」とか「クジラは哺乳類」とか「カラスは白い」とか・・・
 抽象的に書くと、「AならばB」となる。
 
 そして、対偶とは「BでないならばAでない」という逆・裏返しの命題のことである。
 この対偶が元の命題との真偽が一致することを用いて証明するのが、対偶論法である。
 
 つまり、『「AならばB」が正しいのであれば、「BでないならAでない」も正しい』となる関係性を
 元に命題を証明する論法である。
 (『「BでないならAでない」が正しいのであれば、「AならばB」も正しい』となる関係性もある)
 
 ややこしく書いているかもしれないが、たぶん中学か高校の数学授業で出てきているはず。数学1Aの集合論あたりで。
 
 

「やればできる!」の対偶は?

 
 まずは、「やればできる!」を命題っぽく書いてみる。
 「やればできる!」
  ⇒「やる」ならば「できる」
 堅いっ
 
 そして、対偶を考えてみる
 「やる」ならば「できる」
 ⇒(対偶)「できる」でないならば「やる」でない
   ⇒「できない」ならば「やらない」
 
 「できない」ならば「やらない」
 
 もし『「やればできる」が正しいのであれば、「できないならばやらない」も正しい』と対偶論法で証明される。
 では、「できないならばやらない」は正しいのだろうか。
 

正しさの定義

 
 正しさの定義をどうするかによって、この議論の収束地点をどこにするかが決まるが、私は今回の正しさをこう考えている。
 
 「励ましの言葉としてふさわしいかどうか」
 
 要するに「がんばれ」に匹敵する言葉かどうかを正しいかどうかの判定基準としたい。
 
 

「できないならばやらない」は正しいのか。

 
 もとい「できないならやらない」という言葉は励ましの言葉としてふさわしいのか。
 
 励ましの言葉、ということで誰かを応援するシチュエーションを考えてみる。
 
 マラソンとかのスポーツのシーンで。
 
 「がんばれ!」「負けんな!」「やればできるよ!」
 
 置き換えてみる。
 
 ⇒ 「がんばれ!」「負けんな!」「できないならやるな!」
 
 ・・・え? っと聞き返したくなるフレーズが。
 なんとも怒られているようなそんな気分に・・・
 
 すごい違和感を感じてもらえただろうか。
 
 危険だからリスクを冒すな! とも取れるが、どちらかといえば、無能だから迷惑をかけるなといったニュアンスに感じられる。
 
 励まされている・・・のか?
 
 励まされるどころかけなされているではないかと思う。
 できないくせにやるな、と。
 
 そういう意味では、「できないならばやらない」は正しいとはいえない、と私は思う。
 

そもそも、できること、できないことってなんだ?

 
 もうちょっとざっくり視野を広く考えてみる。
 
 できないことをやらないのであれば、何かに失敗することは少なくなるだろう。
 なぜなら、できることというのは、過去にすでに達成したことのある成功体験に基づくものだから。
 
 そして、できないことというのは、その逆。
 将来、まだ挑戦していない未知の体験からやってくるものだ。
 
 ・・・別に成功体験を積み重ねることは否定はしない。
 そういう成長もある、と思う。
 だが、そのうち気づくと思う。
 今、私だけができることは、いつかは誰かもできるようになることに。
 なぜなら、成功体験はマニュアルや本などの形となって社会に広まるからである。
 
 人間は進化をするのではなく、成功体験を共有することによって、文化を築いてきたと私は思う。
 できないことに挑戦しなければ、まだ知らない楽しさや面白さ、新しい感情に出会うことはできないだろう。

まとめ

 
 堅苦しいこと全開で書いてしまった。 うおお・・・ま、こういう日もあるってことで。
 
 「やればできる!」の違和感を書きながら、その考えを深めることができたので、
 ブログってすごいな、アウトプットって大事だなとしみじみ思う。
 
 このブログで伝えたかったことは、 
 「やればできる!」に対する憤りになった・・・書きながらそうなった。
 
 なんで「やればできる!」って言葉がここまで使われるのかが、よくわからない。
 すごいネガティブワードなんだなと思う。
 
 私は、「やればできる!」の変わりに以下のような言葉を使いたい。
 
 「やらないとできないよ!」
 
ブログをなるべく毎日続けていこう、そうやろう。
 
以上、たろいも。