読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

「このお菓子の味って何かに似てる」 という書き出し

書き出し.me から久しぶりに1作。
なんだろう、今の心情が露骨にわかるな、自分。
 
「このお菓子の味って何かに似てる」
 

 

「このお菓子の味って何かに似てる」
 ランドセルを背負った男の子が一口サイズのお菓子を頬張りながら呟いた。
 隣のセーラー服の女子学生が男の子を一瞥して、
「なに、大人ぶってんのさ」
「だから大人だと言ってるだろう」語尾を強めて男の子がいった。「俺はおまえの父さんだ!」
 夕焼けで赤く染まる土手に二人腰かけている。
 遠くでカラスが、カァと鳴いた。
「やっぱり病院行こうか」膝についた草を払いながら立ち上がる女子学生。「家の電話番号わかる?」
 風が強いせいか、立ち上がった女子学生の長い黒髪はするりとなびき、スカートはふわっとめくれ上がった。
 急いで女子学生はスカートを抑える。
 眼力だけで頭を射抜きそうなほどの視線を腕を組んだ男の子に向ける。
「なんだ、その派手なパンツは。似合ってないな。父さん見たことないぞ」
「おい」
「なんだ」
「他に言うことはないのか」
男の子は難しそうな顔で顎に手をやり「なんだ? 褒めろというの――」
 女子高生渾身のチョップ。鈍い音が広がる。男の子が言い終わるよりも先にその口を封じさせた。
「いってぇ! ひたかんだひゃないか!」舌をかんだ男の子は叫ぶ。「ぐおー いてー」
「だまらっしゃい! 馬鹿につける薬はないよ!」女子学生は言い放つ。 
「そんな子に育てた覚えはないぞ!」口を押えながら男の子はいう。「いてー」
 女子学生はいらいらした歩調で歩き出した。「ほら、病院いくよ」
 男の子はむっと眉間にしわを寄せながら立ち上がった。
 男の子がいつか見た景色と同じ、目の前の夕焼けは深い橙色。
 男の子は舌をいたわるように口の中で舐めた。はっと気付く。
「さっきのお菓子、血の味か」
 
 男が目を開けると、そこは病院だった。
「お父さん!」長い黒髪の女子学生が泣きじゃくっていた
「あなた!」女子学生の隣にいた婦人も泣きじゃくっていた。
 男は思い出す。
 今日の夕方、急ぎ、会社に向かうために車に乗ったことを。
 やがて、ぼんやりと思い出す。
 台風が近かったせいか、とても風が強く、視界はあまりよくなかったことを。
 そして、はっきりと思い出す。
 電信柱に激突し、その電信柱がこちらに向かって倒れてくるところを。
「あなた、あなた・・・!」
 婦人は男を潰さん限りの強い力で抱きしめる。
 女子学生はその隣で静かに涙を流していた。
 
「もう無茶はしないでくださいね」
 リンゴを向きながら婦人はすねるようにいった。リンゴは魔法のようにウサギになっていく。
「お父さん、もう若くないんだから」
 女子学生が男がもたれるベッドのそばで本を読んでいた。
「なあ」男は首にギブスを付けていたので、前を向いたままいう。「派手・・・いや、男の人にチョップってしたことあるか?」
「え?」ページを捲る女子学生の手が止まった。「チョップ? どうしたの、急に」
「あー いや、なんでもない、ちょっと気になっただけ」
 男は、どうかしていると反省した。あれは単なる夢だったんだと思うことにした。我ながら突拍子もない。
「ねえ、お母さん、チョップだって」婦人に振り向きざまに女子学生が言葉をこぼした。
「え? なあに?」リンゴを向きながら婦人は答える。
「お母さん、昔、男の子に凄いチョップしたって言ってなかったっけ?」
「よく覚えてるわね、そんなこと」婦人は穏やかに笑った。「そうね、ちょうどあなたくらいのときだったわ」
 男は目を見開いた。何も言わずに婦人の言葉を静かに待った。
「初めて私が暴力を振った時の話ね、後にも先にも暴力を振るったのはあれだけ。何か恥ずかしいことを言われてカチンときちゃったのよね」婦人はリンゴをお皿に盛り付け、男の方に運んだ。「でも、あの時、叩いた手も痛くてね。あー、人を傷つけると自分も痛くなるのね、と思ったわ、はい、あなた、口を開けて」
 言われるがまま、男は口を開けた。婦人はその口にリンゴを入れる。
 そうか、と男は思う。あれは娘ではなくて妻だったことに。なぜか合点がいった。
「あの男の子には悪いことしちゃったわ、何かお礼ができればいいんだけど」
 男は心の中で微笑んだ。そして、ありがとうと聞こえない声でささやく。
 噛みしめたリンゴで歯茎が切れた。
 じわり。
 口の中には懐かしい血の味が広がっていった。