むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

「お願いだから、」

▼前説
 書き出し.me よりお題
 「お願いだから、」
 
 #100日チャレンジ ショートショート 1/100
 

 

▼本文
「お願いだから、」
 可愛い娘の強い視線を感じ、私はたまらず言葉を切った。今日は妙にのどが渇く。
「母さん! お茶!」
 普段はない父の威厳を乗せて声を荒げるも、のどが渇いて声は音にならない。
 こちらをちらっと覗いた妻は、キツネのようないじわるな微笑みでこちらを見た。
 そんなにおかしいか、今の私は。
「お父さん、あのね」テーブルの向こうに座る私の可愛い娘がいう。
 いつもはパパと呼ばれているのに・・・今日に限ってお父さんだなんて。
「ちょっと待ちなさい。母さんが今、お茶を持ってくるから」
「あ、・・・はい」娘は俯きながら小さくなった。
 少しばかり、状況を整理する時間を私は手に入れた。
 テーブルのこちらには私1人。そして、私の向かい側には娘と男が座っていた。
 男、といったのは単なる性別であって、娘の・・・ということは断じてない。断じてである。
 ついさきほど、「娘さんを僕にください!」などと虚言を放った単なる馬鹿な野郎である。
 いや、単なる馬鹿野郎ならば救われたであろう。おそらくだ。この馬鹿野郎は馬鹿野郎の中でも群を抜いて馬鹿野郎である。大馬鹿野郎だ。
 左手に鍋の蓋。背中にはひのきの棒。そして、服装は、布の服。
 その姿はどこか異国の正装なのかもしれないが、ここは私の家だ。私の家にいるからには、常識もこちらに合わせてもらわねばならぬ。それが大人というものだ。
「はい、粗茶ですが」妻が馬鹿野郎にお茶を出した。「あら、近くで見るとイケメンね」
 年甲斐もなくはしゃぐ妻に嫉妬と軽蔑の入り混じった視線を送る。いったい何を考えているんだ。相手は見てわかる程の馬鹿野郎であろう。
「あ、ありがとうございますっ」キラキラとした目で馬鹿野郎は答えた。
「かっこいいでしょう?」娘もキラキラとした目で答える。「やる気に満ち溢れてるもの」
「そうねー彼なら娘を幸せにしてくれそうだわ」
 なっ。
「でしょでしょ?」
 え。
「いやあ、恐縮です」
「おい」思わず声が出た。とっさに凄んでみる。「・・・お前」
 ピリッと空気が緊張した気がする。私が今、一番欲しい空気だ。
「はい!」馬鹿野郎はまっすぐ私を見た。
 この空気に動じていない馬鹿野郎に少しばかり恐れながら、「私はまだお前の話に納得していない」
「はい、娘さんを絶対に幸せにします、娘さんを僕にください!」
 馬鹿野郎はテーブルの上に両手をつき、額がテーブルに着かんばかりに頭を下げた。
「ふん、何が幸せにします、だ。」背もたれにゆったりと腰かけながら「そんなみすぼらしい格好でよくそんなことが言えたな!」
「これは・・・」馬鹿野郎がギュッと首元の服をつかんで、「二人の旅立ちのために二人で貯めたお金で買ったかけがえのないものです」
 なっ。
「なんだとぅ!」今度は私がテーブルの上に両手をついて、「本当なのか?」
 娘は答える。「そうよ、私がちゃんと働いて買ったものよ」
「そ、そ、んな働かなくたっておまえに好きなものくらいパパだっ――」
「そんなものもらっても嬉しくないわ!」さっきと同じ今まで見たことも聞いたこともない娘の感情。「あたしはあたしのことを自分でしたいの!」
 ピリッと空気が緊張した気がする。私が今、一番欲しくない空気だ。
 ああ、また喉が渇いてきた。
 私の前に出されたお茶を飲んで、つぶやくように一言。
「お願いだから、勇者になるなんて言わないでおくれ」
「なぜ?」娘は立ち上がって、「あたしが女性だから?」
 違う。
「あたしがこの国の第一王女だから?」
 違う。
「それとも、あたしが彼と一緒に旅立つから?」
 ・・・少し違う、君は。
「私の愛おしい娘だからだ」祈るように私はいった。「危険な目にあわせたくないんだよ」
「危険? 毎日のように魔物が襲ってくる王国だって危険だわ」娘は泣いているかのように叫んだ。「使用人だってみんないなくなっちゃったじゃない!」
 そうだ。確かにその通りである。
「私はそんな王国を変えたいの。妖艶な魔女だったお母さんと屈強な戦士だったお父さんの娘のあたしなら、あたしなら勇者にだってなれる」
 まっすぐ私を見る娘。もう黒魔術を嗜んでいた幼いころとは違うのだと、訴えかけるようだった。
 ため息をつくふりをして視線を逸らした私は、静かにことを見守っていた馬鹿野郎にいった。
「お前、職業は?」
「はい、僧侶です」
 キラキラとした目で馬鹿野郎は答えた。
「えっ」思わず声が出た。拍子抜けだったのだ。
 だが、少し考えてみれば、ちょうどいい。
 役者は揃っているじゃないか。
 勇者に戦士に僧侶に魔女。理想的なパーティである。
「母さん、ちょっと旅行に行かないか」後ろで佇んでいた元魔女に声をかける。「久しぶりにどうだ?」
「もう、可愛い子には旅させよっていうじゃないの」
 ぶりっこのように怒ってはいるものの、炎の形をしたやる気が隠しきれていなかった。
「可愛い子もいることだし」元魔女は僧侶を見てそういった。
 照れながら僧侶は、「恐縮です」
 元魔女の可愛い子好きには呆れてものも言えない。
「・・・さて」私は天井を見上げて、「久しぶりに会いに行くか」
 ふと見ると、外は久しぶりの青空だった。空の先に見えるのは魔王城入り口である。
「元気にしているだろうか。魔王の兄貴は」
 さてどんな顔をするのだろうか。我が最強の勇者をみたときは。