「金魚に生まれ変わりたい……」
▼前説
書き出し.me よりお題
「金魚に生まれ変わりたい……」
▼感想
情景描写を練習しようと思ったら、どうしてこうなった。
「金魚に生まれ変わりたい……」
なんて心の中で呟きながら、彼の取った金魚を見る。
「やった」
小さくガッツポーズをする彼は本当に可愛い。
私より少しだけ高い背丈。肩はなで肩だけど結構しっかりしてる。
ちょっとだけ前髪にかかる小豆色に近い髪の毛は、夏の湿気でくるんと癖になっていた。
「どうよ」はだけそうになる浴衣。「取れるって言ったろ?」
汗でキラキラと輝く彼の笑顔は私の心をきゅっとつかむ。
「ほらよ」金魚すくいのおじさんが救った金魚を袋に入れて、「大切にしろよ」投げるように彼に渡した。
「大切にするよ」頭の高さに金魚の袋を持ち上げ、「綺麗な赤だなぁ」
彼がぼんやりと見つめる先には金魚。
今日の私だって負けないくらいの浴衣でおめかししている。
だけど、今の彼は金魚に夢中だ。
「できることなら」私は唇をきゅっと結ぶ。
この後、彼はこの金魚を持って帰るのだろう。
そして、真面目な彼のことだ。
きちんとした金魚鉢を買ってくるのだろう。
淵の青い包み紙で丸いビー玉を包み込んだようにとても綺麗な金魚鉢。
その中に一匹だけふわふわと空を漂うように泳いでいる金魚。
彼は太陽のように暖かそうな笑顔で、水面にポタポタと落とす餌。
水面から落ちてくる餌に気付き、まっすぐ向かっていく金魚。
金魚鉢にいたずらしないように抱き上げられる、彼が飼っている猫。
そんなことなどお構いなしに口からポクポクと気泡を上げる金魚。
「金魚に生まれ変わりたい……」
どうしたら、金魚になれるのだろう。
「さて」彼はひざのほこりをはたいて、「やりたいこともやったし帰ろうか」
たこ焼きや焼きそばも食べた。花火も終わった。境内裏にもいったし、金魚すくいもやった。そろそろ終電が近くなってきたしね。
彼は後ろにかぶったヒーローの仮面を少しかぶり直す。
彼のうなじがまた見える。
とても面妖な雰囲気を感じて、触れてたくなる。
触れてしまいたい。汗ばんだ彼のうなじに手の甲でさすってみたい。
「あっ」
彼がふと私の手を取った。
彼の手はいつも通り、とても大きい。
前に手の大きい人は背が大きくなるよ、って教えてあげたら、
「そうだったらいいね」と、はにかみながらそういった。
「おい、もうついてくんなっていってただろ」
彼の怒った声はとても低く響いて可愛らしい顔に反してとても男らしい。
吊り上がった目も怒った時しか見せないのでとても貴重。写真撮って残したい。
「すみませーん」彼は振り返る。
彼の影に隠れていた可愛くない女の子が見えた。
目が合う。
どう考えても私の方が可愛い。
「こいつです」
彼は私の手を引いた。私はついにきたと思って、彼の胸に飛び込もうとしたけど、変な制服の男の人が遮った。
むさくるしい。夏の嫌な臭いを全部連れてきたかのような。
唾を飛ばしながら、いらつく言葉を吐いてくる。頭がぐらぐらする。気持ち悪い。
唾を避けるようにふと、目を落とす。
涼しげな金魚が目に入った。
とても自由で、とても優雅で、とても気持ちよさそう。
「私、金魚に生まれ変わりたい……」