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むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

WorkFlowyと自分

WorkFlowyを使い始めて、1ヶ月が過ぎた。
もうすでに無くてはならないものになっている。

ふと。

なぜ、このWorkFlowyが無くてはならないものになっているのかを考えてみた。
すると、その先にはSFが待っていた。

無くてはならないもの

自分の抽象化した考え方の1つに
「すべてのものはツールである」という考えがある。

taroimo999.hatenablog.com

そのざっくばらんな記事の中で、 交換可能なものである、と書いている。
そう、すべてのものは難易度はあれど、交換可能であるはず。

だが、WorkFlowyに関しては、無くてはならない。

つまり交換不可能なツールである、と感じている自分がいる。
この矛盾が思考を掘り下げる一因となった。

交換不可能なツールとは

交換不可能とは、代替の効かない、唯一無二な状態である。
そう、自分が捉えている。
では、代替の効かない、唯一無二な状態なものは他にあるだろうか。
意外にも身近にあった。

それは、自分そのものである。

WorkFlowyはツールではない

WorkFlowyは自分。

もっと具体的に書くのであれば、WorkFlowyの機能は
自分の脳内にある思考方法そのままなのである。
つまり、WorkFlowyはツールではなく、考え方だった。

たしかに言われてみれば、WorkFlowyの機能自体は、
頑張ればアナログノートでも実現できる。
WorkFlowyとアナログノートは交換可能な関係にある。
だが、これはツールという視点の場合である。

WorkFlowyが体現しているその考え方自体は、
WorkFlowyでなれけば、発見できない。

WorkFlowyという自分の脳みそ

WorkFlowyが自分、というなにやら突拍子もない考えに至った。
だが、いろいろと納得のできる考えだった。

WorkFlowyを調査していく中でいくつかの表現を読んだ。

  • 「ずっと完成しないで変化し続ける有機体」

WorkFlowyで「ずっと完成しないで変化し続ける有機体」を育てる

takpluspluslog.blog.so-net.ne.jp

それらはまるで、脳みそを表しているかのようだ。

つまり、WorkFlowyは自分の脳みその再現空間なのである。

どんな思考をして、
どのように考えているかを文字というツールを使って、
脳みその中身を再現する。

これは、まるで脳みそのデジタル化。電脳化である。

電脳化を試みる

もともと思考をアウトプットすることは紙でもできた。
だが、デジタルはそれよりも
はるかに効率的で、直感的で、夢幻的。
制限なく掘り下げることができる。

私にとって、WorkFlowyは単なるツールではない。
自分の電脳化を試みる実験場なのだ。

ブログ後記

このブログを書いてから、
WorkFlowyのコンセプトそのままだったことに
後から気付いた。
しかし、もったいないので、アウトプットしてみた。

rashita.net

どうも表現が厨二的。
どうしてもSFが絡むと、
マッドサイエンティストみたいな言い切り口調になってしまう。
だが、楽しかったので良しとしよう。
1年後の自分のWorkFlowyが楽しみである。

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