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むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

自分の思考法をアウトプットしてみる

自分の考え方を端的に表すと「抽象化する思考」である。
ブログでアウトプットしていく中で気付いた自分の特徴。
ふと。
思考が抽象化するというのはいったいどういうことなのだろう。
自分をまた掘り下げてみたので、それをアウトプットしてみる。
今日のブログを一言で表すなら、
「自分の考えを言葉にするのは難しい」

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DSC06101圓雕-小抽象-灰線條砂岩ss / 金篆 idostone

抽象化とは?

対象から注目すべき要素を重点的に抜き出して他は無視する方法である。

抽象化 - Wikipedia

これを受けて自分の言葉で置き換えてみる。
「抽象化とは隠れた仕組みを発見することである」

たとえば、ウサギとライオンがいたとする。
これは、この2つには「動物」という共通する仕組みがある。
それを発見することこそが抽象化であると考えている。

仕組みの中の仕組み

「仕組み」という言葉から、
歯車などのパーツを連想するかもしれないが、
それもまた「仕組み」である。

ややこしい話になってきた。

具体例を挙げるのであれば、原子のようなものだ。
あらゆるものは原子で作られている。
その原子の中にも中性子と陽子がある。
また、その中にも素粒子がある。

仕組みの中にはまた仕組みがある。
それをどんどん発見していくことを、私は「思考が抽象化する」と感じているのだろう。
まるで、それは遺跡発掘のようでいて、楽しい。

抽象の体系化

抽象化する思考の中で、何かをアウトプットする際に形を整える必要がある。
それを最近、「体系化」だと気付いた。

無秩序な抽象化を理解できるように精査し、整理し、秩序に守られた体系化を作る。

一般的にはそれを「学問」と呼ぶ気がする。

数学の本の作り方では、

  • 定義 (使う言葉を決める)
  • 公理 (使う仕組みを決める)
  • 定理 (仕組みから他の仕組みを作る)
  • 結論 (もっとも解明したい仕組み)
    という流れに沿っている。

定義と公理から使う言葉、仕組みを決め、仕組みを使い定理を証明し、結論を導く。
とてもトップダウンなものだと考えていた。
始まりがあってそこから綺麗な線で結ばれた終わりがある、と。

しかし、これは結論からの抽象化を体系化したものであるとしたら。
1つの終わりがあって、そこから無数にある線を捉えきれる分だけ結んで、それを始まりとする。

すべてはボトムアップから始まったと考えると、なんだか学問という単語に親近感が沸いた。

ややこしいことかもしれないが、学問とブログは体系化(まとめる)という仕組みがあり、抽象化できた。

抽象化のその先

抽象化の先にはいったい何があるのだろうか。
すべての仕組みを含む「仕組みの原点」のようなものに辿り着くことがあるのだろうか。

ややこしいので、以下は蛇足である。

数学の集合論という分野に「ラッセルのパラドックス」というものがある。

mathtrain.jp

私の理解だと・・・
すべての集合を含む集合が存在することは、明らかな矛盾を生み出す、
ということである。
これを転用すれば、
「仕組みの原点(すべての仕組みを含む仕組み)」が存在することは、明らかに矛盾を生み出す、
といえるだろう。

つまり、現時点の私の理解では、「仕組みの原点」は存在することが難しい状態にある。
だからといって、「仕組みの原点」を辿り着こうとすることをやめようとは思わない。
それはなぜか、今はわからない。
まだ掘り進んでいない思考がたくさんあるからだろう。

ブログ後記

WorkFlowyという思考法は、階層的に物事を抽象化し続けることもできる。
先日話題になっていたハサミスクリプトの亜種では、
体系化可能な状態を導き出すことができるのかな。
というより、アウトラインの本質は体系化なのだから、それは当たり前か。。。

WorkFlowyには階層という構造があるだけで、
物事を具体化していくのか抽象化していくのかでまた違ったものができそう。

WorkFlowyの2面性。また掘り起こすのが楽しそうなテーマである。
抽象化する思考とはまた難儀な特徴である。

以上、たろいもでした。