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むじゃき

なんでもかんでもアウトプット 一日一新 抽象化する思考

何でもかんでもアウトプットはしない宣言

PhoTones Works #384
PhoTones Works #384 / PhoTones_TAKUMA

休日の遊び疲れがあるのか、気分は若干ネガティブである。
そんな思いのまま、ネガティブなアウトプットを書いた。
だが、それを投稿するのはためわれた。
なぜためらったのか。
それをアウトプットすることにしよう。

ネガティブなアウトプットはあり

ネガティブなアウトプットというのは、
自分の負の感情をぶちまけたり、
読んだ人すべてが不快に感じるようなものだとする。
不安についてダラダラと垂れ流したもの。
嫌悪感を感情的に押し出したもの。

ネガティブなアウトプット自体は、自分の気持ちを整理するために、必要なもの。
存在自体を否定するつもりはない。

しかし、ネガティブなアウトプットはあくまで主観的で自己中心的なものであり、
それを公開するのはまた別の視点であった。

問題は、発する責任

言葉(アウトプット)ひとつにとってしても、
思うことは自由であるが、発することには責任が伴う。

言葉ひとつで誰かを笑わしたり、泣かせたりしてしまうから。

それが言葉の魅力であり、言葉の弱点でもある。
言葉は思っていることしか変換できない。

だからこそ、発する責任を考えて言葉を選ばなければいけない。

インターネットという顔

インターネットは広い。 その広大さから忘れてしまうことがある。

画面の向こうには、人がいるということ。

当たり前ではあるが、最近やっとそれをきちんと理解した。
それを理解した上でのアウトプットを心がけて生きたい。

切れ端繋ぎ

ネガティブなアウトプットの中で、これだけは投稿しておきたいトピックがあったので、以下に記す。

その挑戦はいつか自分の普通になる

言葉では足りない不安も言葉にできない不安もたくさんある。
だけど、不安から逃げているだけでは何も変わらない。
不安を形にして、それを乗り越えるための手順を考え実行して、その先を見据える。
前に進むために変化していこう。
それがまさに進化と呼ばれることの本質なのかもしれない。

ブログ後記

ネガティブ思考をアウトプットしたところで、
それはただのかまってちゃんなのでは? と感じて記事を書き直したのは秘密だ!
今日のブログは、ときより訪れる断片的な思考や過去にいわれた一言などを、
ぐるぐると頭の中でかき混ぜて、意外にもさらっと出てきた。
点から線への綺麗なアウトプットである。
今日ほどアウトプットを続けていて良かったという日はない。
ネガティブ解消。
要は心の持ちようである。

以上、たろいもでした。